2010年2月13日土曜日

グローバル資本主義を生き延びるための思想

派遣切りや新卒内定取り消しが横行し、街には失業者が溢れ、暗い話題ばかりですが、毎日毎日「不景気だ」と騒ぎ立てても景気はよくならない。

誰もが好きな仕事に就けて、毎年給料が上がっていって、会社は一生社員の面倒を見てくれて退職後は悠々自適の年金生活が待っている。

そんな勝手な理想を描いて、その夢が消えて、裏切られたと喚き散らすのは、そろそろやめにしなくてはいけない。

そんな都合のいい話なんてあるわけないのだから。
誰だって知っている。

世界は元々不条理なものだ。
一人一人がポジティブに生きていく道を探らなくてはいけない。

仕事を失ってホームレスになった若者に向かって、「努力不足だ」と説教する自称評論家がいる。
親でも家族でも兄弟でもいいんだけど、その言葉に責任を持てる人だけが、面と向かって人を批判してもいい。
責任をもたない評論家風情が批判だけする社会には懲り懲りだ。


かつてこの国のサラリーマンは「社畜」と呼ばれていた。

自由を奪われ、主体性がなく、会社に人生を捧げた家畜同然の人生の奴隷という意味で、彼らの滅私奉公ぶりや退屈な日常を嘲り、見下すのがカッコイイとされてきた。

私も社畜と呼ばれた時代があったので、 これに言い返す言葉がなかった。


しかし今や「非正規社員を正社員にしろ!」と大合唱している。
正社員とはサラリーマンである。
そうかつての社畜だ。

驚くべきコトにこの国では社畜こそが理想の人生に成り変わってしまった。


まるで正社員になりさえすれば全ての夢が叶うかのようにすら言う人もいる。
いつの日か社畜になれる日を夢見てデモをする人々もいる。

近頃は誰もが「この国は希望がない」という。
しかし人生の目標が社畜になることなら、希望なんてあるわけがない。

「自由」の価値は、ここまで貶められてしまったのだ。


【続く】

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